ロサンゼルス・マラソン …2004年3月7日(日)

写真−土田さんより

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Bobさんより

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(土田さんのコメントを転載させていただきました)

皆様へ、
昨日、星条旗と共にLAマラソンの応援に行ってきた。LAマラソンの歴史上第2番目の80度を超える夏の温度になってしまった今回は、最初から記録への挑戦ではなく、自己との挑戦という過酷な戦いとなった。結果は、マッキーが4時間20分、セッキーが4時間40分、水戸田氏が6時間チョットで全員無事に完走を果たした。われらが応援団は、寺村会長、ボブ、キッシー、小生の4名で、幸いに応援地点はビルの日陰で快適であった。しかし、日差しに当ると立っているだけで暑かった。

12マイルまではマッキーとセッキーは友情に満ちて並走していた。しかし、記録を意識する6度目のマラソンに挑戦のマッキーは、セッキーを置き去りにする非情な別れで18マイルの応援団地点まで力走。そこではわれらが準備した豪華なスポーツドリンクやバナナやおにぎりも何も要求せず、笑顔で両手を上げて軽快に通過して行った。それでも、さすがにこの暑さで最後の30分ほどは、歩かざるを得ないことになったという。

セッキーは、3度目のマラソンであった。水を飲んでも飲んでも直ぐに喉が乾く状態であったいいながら、このタイムは立派。結婚や仕事やで練習があまりできない状態であったのだから。彼も、「何も要らない」といいながら、かろうじて写真のために、チョット止まってくれただけで通過したが、この18マイル地点以降にどっと疲れが出てきたという。応援団の存在価値があった。

水戸田氏は、これが確か5度目のマラソン。上半身裸で公衆陳列罪に一歩手前の雰囲気で歩きながら18マイルの応援場所に到着。お腹が空いていたにもかかわらず、寺村会長との意志の疎通に失敗し、準備していたおにぎりにありつけず。我等の応援の仕方にも今ひとつの工夫が必要であった。「今回は最初から、調子が悪かった。一瞬に、ああ、これで人生の終わりかな!!」と思ったそうな。これはヤバイ話である。われらの応援に熱が入り過ぎると、負けん気の強い水戸田氏に無理がたたるのかもしれないから、来年は栗田さんを応援することにしよう。彼もやっぱり負けん気が強いけれど。

今回は孫の誕生などで練習ができなくなり応援に廻ったボブさん、「応援も面白いね」と言っていたけれど、来年は復活を心に秘めた様子。それを察した寺村会長は、「俺もやろうかなあ.…」 それを聞いたキッシーは、「歴代会長はこのマラソンに参加する義務があることを宣言すれば。。
」という。 この次の会長はキッシーにしようと思う。

夜の反省会は、一丁で応援団と選手が全員参加。途中、オーノーも参加。完走メダルを3個を店に提示して無料のビールをピッチャーで3杯ゲット。 暑い戦いの後のさわやかなビール。「ああ、オイシイ!!! 生きててヨカッタ!」 皆の顔は幸せと達成感に満ち溢れていた。 尚、写真にある応援用ボードは、小生の芸術作品であり、3名の選手に無料で進呈させて頂いた。

土田三郎

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