ロサンゼルス・マラソン …2005年3月6日(日)

写真−土田さんより

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(以下、土田さんのコメント)

皆様へ、
3月6日LAマラソンの慰労会の写真です。100聞は1見にしかず。
ボブさんのメダルは自宅に家宝としてキープしてあります。
それにしても夢舎に予約なしで入れないお陰で、近くのオールドトーレンスのレッドカーで3種類の製造元の生ビ-ルを満喫しました。最も喜んでいたのが、元会長と現会長で、問題発言が多発し、小心の小生には、ここでは披露できません。
関心ある向きは、ご本人達に直接お確かめの程を。

土田三郎

栗田さん(水戸田先生)のコメント

グリーの皆さん

マラソン応援ありがとうございました。全員ゴールしました。

青空に柔らかな日差し、爽やかな風が吹き抜けるマラソン日和。集まった24000人の中の1人になるのも悪くなかった。

グリーでは本命マッキー、対抗セッキーは動かないところ。単勝複式の場合、3着をどうするかが鍵。専門家筋によるとボッブーで決まりだとか。しかし、波乱レースを期待する筋はミットーの狂い咲きに賭けるとか。結果は専門家の推察通り。マッキー4時間45分、セッキー4時間48分、鼻差のゴール前の叩き合いを制したのは本命マッキー。3着ボッブーは6時間30分、ダークホース期待のミットーはあえなく6時間58分とか(注、正式タイムがインターネットで見付けられなかったので概算)。

マッキー、セッキーとはボナベンチャーホテルで偶然出会った。ボブさんは満を持して後方待機の様子だった。出発前のホテルでマッキーと私はトイレに2回、セッキー1回。緊張の度合いが少し違うか?と思った。後で聞いたら、マッキーは走行中も3回、セッキーはゼロ、ボブさんは2回、私は1回。トイレの回数分析によると緊張度が高いかゼロかが勝利の鍵を握っているように見られた。

号砲一発は聞こえなかった。フィゲロアストリートの走行が始まる。3人の同時スタートだが、二人は手を振って早速1人を見放して行く。ボブさんがどこにいるかが不気味な疑問だった。ボブさんには既に2回苦杯を喫している。今年こそ一矢報いなければならにと心密かに誓ってきたから。フィゲロアを走りながら涙ぐむ。毎年のことだが、感激の一瞬である。アメリカの懐の深さについ感激の涙が湧き出てくるのを抑えることが出来ない。涙を飛ばしながらマイペースを守ってゆっくりと走り始める。このペースなら全コースでも走れそうな気がしてくる。しかし、1マイル半ぐらいのところで歩き始める。焦るな、ゆっくり行けと心の奥で声がする。しかし、ボブさんに追いつかれはしないかと不安が頭をもたげてきてついついまた走り出してしまう。よし、1マイル走って、1マイル歩こう。そうすれば合計13マイル走ることになるから勝利は間違いないとほくそ笑む。9マイル地点まで来て、去年の走りが9マイルであったと報告したのが間違いであったことを悟る。去年は9マイルも走っている訳がない。つらかったから走ったような気になってしまったのた。グリーメールで訂<中略>コースは昨年とほとんど同じ。相手のツボを心得ていると知らぬ間に距離を伸ばすことが出来る。コースを女性に見立てられるようになればこっちのもんだな、などという感想が沸いてきて完走出来そうな気になる。あそこを曲がれば、そうだあそこに直ぐ手が届く、なんて考えたりして。しかし、その頃から何やら歩いている連中がどんどん追い抜くようになった。追い抜いていないのに追い抜かれている。何故だ?と周りを見回す。「Are you All Right ?」なんて声を掛けられる。足が思うように言うことを聞

かない。酔っ払ってないのに足だけが酔っ払っている。やばい、と思った時、ポンと肩を叩かれた。「やっぱり。そうだと思った」という日本語。ボブさんがにこやかに笑っている。何と、追いつかれてしまったのか!一瞬、呆然。「いやー、走りまくったからなあ」などと誤魔化す。しかし、心の動揺は隠せない。サロンパスのサービスを受けるためボブさんを先にやる。サービスを受けながらどう回復するか作戦を練る。練ったところで走るしか方法はあるまい。筋肉が部分的に痙攣するのを押さえつけながら走り出す。1マイルなんて走れっこない。それでも意地で走る。早足で歩く。これが応えてしまった。あと5マイル地点あたりで追うのが無謀であることを知る。あと2マイル地点で記録を諦める。あと1マイル地点で侍のように一歩、一歩に力を込めて歩く。力を込めないと足が前に進まないから。ぐっと抑えないと足が勝手に動き出してしまうから。そしてゴール。ボブさんの姿は最早どこにもないのだった。

JBAのテントは途中二つ発見したが寄りにくかった。知った顔がないとやはり。如何に応援団がありがたい存在であるかを感じた。こちらを知っていてくれる人々がいるというだけで何と言う暖かさを感じることだろうか。メール上でもこちらをウオッチしていてくれる存在があることは心からありがたいし嬉しい。ところが、ゴール後に思わぬ危機に襲われてしまった。誰もウオッチしてくれていない3rdストリートのトンネルの中で、棒のように攣ってしまった両足がストライキを起したため、暗い路上で苦痛に苛まれ横たわってしまった。「Do you need Help ?」と

数人に尋ねられたが「I can make it」

なんて格好つけているうちに事態は悪化の一途。遂に携帯を借りて娘に「Help!」と叫んでしまった。あとでセッキーに教えられたがタイレノールを呑めばよかったらしい。トラブルを起すと来年の出場へのいやがらせを女房から受けるのでまずかった!と反省しきり。

長くなってしまったのでレース展開はこのくらいで。反省会も楽しい時間でした。

どうも皆さん、本当に応援ありがとう!

水戸田

関根さんのコメント

セッキーです。遅くなりましたが、LAマラソン報告です。
今年は睡眠不足が原因で過去3年で体調が最悪でした。
3月5日(土)の夜に良く眠れるようにと、3月4日(金)は5時間程度しか寝ないでマラソンのEXPOに行って、午後からジムに行くなどして、何とか夕方6時頃になかなかいい感じの眠さになってきたと思ったのですが・・・・

いざ寝ようとしてみると、明日のマラソンの作戦?などが頭を駆け巡り気分が高ぶっているのか、ダラダラと眠れない。11時、12時、1時、2時、3時とほとんど1時間ごとに時計を確認しまうなど。これは要するに全く寝ていないわけですね。夜7時に飲んだメラトニンの効果はまったくありませんでした。そもそもこの薬が本当に効くのかは謎。

過去3回ほど金曜日と土曜日の昼間に良く寝てしまったことが原因でマラソン前日にぜんぜん眠れなかったことにより、考えた作戦でしたが・・・前日にたくさん寝る寝ないは、関係ないことがわかりました。いつも通りに生活することの大切さを思い知りました。とマラソンではなく、単なる睡眠不足の言い訳が長くなってしまいましたがとにかくこれは本当に大きな痛手でした。

不思議なもので、朝5時頃になったら急に眠くなってきたのですが、もはや手遅れで朝ご飯としてパスタを無理やり詰め込んで出発。マッキーに運転していただいて(マッキーありがとう)、無事にダウンタウンに到着。ゴール近くの駐車場もゲットできて、これはゴールした後に非常に楽だとほくそえんだものです。

準備を整え、マッキーと共にボナベンチャーホテルのトイレに駆け込んだところ偶然にも栗田さんに出会えたのは幸運でした。その頃には眠気もかなり飛んで、ある程度元気になってきました。

そして、マラソンは無事にスタートしましたが、やはり走ってみると睡眠不足の影響か例年よりも脚が重く、前半からスピードがあがりません。それでもスタートして1マイルの地点では、『これを26回繰り返せばいいだけだ』2マイルの地点で『これを13回繰り返せばいいだけだ』などと、マッキーと話しながらゆったりと走っていたものです。

ちなみに、LAマラソンではいつも1〜2マイルでマッキーを見失っていましたが、今回初めてマッキーと一緒に6マイル地点くらいまでゆったりと走ることができました。これまでは私が暴走して前半は必ず早く走っていたことが原因ですが。

6マイルの地点でマッキーがトイレ休憩となり、ここで別れることになってしまいました。この瞬間いつもの暴走が始まるところですが、今年はやはり調子が悪くペースがあがらずにだんだんと脚が痛くなってきました。

何とか10マイル地点にたどり着いた時点で、脚が相当痛くなってきてペースダウンしたのでここでタイレノール2錠をポケットより取り出し、ドーピング作戦開始となりました。これは昨年のロングビーチマラソンで2錠だけ持っていたタイレノールを飲んだところ非常に効いたので、今回のLAマラソンでは本格的に使おうと思った作戦です。(今回ポケットには合計14錠のタイレノールが用意されていました。)

その後2マイルくらいで少しづつ薬が効いてきたのか、少し楽になってきたので14マイル地点までは快調に飛ばしました。ところが、やはり睡眠不足の影響か急に調子が悪くなり、15マイル地点で再びペースダウンし、ついに歩いてしまいました。この瞬間今年も26.2マイル走りきる夢は消え去りました。

マラソンの度に思うのですが、最後まで走る”完走”ってできないんですよね。『まあ、今年も練習不足だからしょうがない』と気を取り直して、そのまま1マイル程度16マイル地点まで歩いて、ある程度疲労が回復してきたので、再度走りだした瞬間・・・・・脚が吊りました。

一回歩いてしまうと、再度走った時に脚が吊ってしまうのはいつものことですが今回はタイレノールを飲んでいるので大丈夫だろうと期待したものの、激痛が走りました。『もうタイレノールの効果が切れてしまったのか』と思い、次の一錠を取り出して再び飲んで、何とか我慢して走りだしたところ、10分後くらいしてまた調子が良くなってきました。

やはり『タイレノール恐るべき効果』ということで、更に10分後くらいして、17マイル地点で4錠目のタイレノールを飲んだところ、10分後くらいの18マイル地点あたりでなぜか絶好調になり、更にペースアップしました。

本当に絶好調で快調に飛ばし、19マイル地点でなんとマッキーを発見し大感激。ここからしばらく『マッキーと一緒に走ろうかなあ』と一瞬思ったところ『セッキー、今日はもうダメなので先に行ってくれ』というような意外なお言葉が・・・

ここで、『マッキーを見捨てて先にはいけない』などと、やさしい言葉はかけずに、あっさりマッキーを追い抜いて、20.5マイル地点くらいまで狂ったように走りました。

しかし所詮は練習不足か、再び苦しくなってきたので、ついに5錠目のタイレノールに突入。(本当にドーピング状態・・・)これが効いたのかどうかはわかりませんが、とにかくまだ体力は少し残っており22マイル地点のJBAテントでは、小林さんの姿を発見できずにちょっと寂しそうにしつつあっさり走り去っていきました。

この時点ではマッキーをけっこう引き離していたかな??ついにダウンタウンが見えてくる23マイル地点にたどり着き、これなら最後までと思うところで・・・突然大変な睡魔が襲ってきました。本当に耐え切れないほどの睡魔です。

もちろん、寝不足は原因かと思いますが、ここまで眠くなるのは異常です。専門家にでも聞いてみないとわかりませんが、これも『タイレノールの効果』としか思えません。私の超個人的な見解としては

タイレノール   一時的に痛みを止めるばかりか、ハイテンションをもたらす。

上記の効果はだんだん薄れていき、その後は眠くなる、というような感じと考えましたが、いかがでしょうか?後者の効果??が顕著に現れ、その後2マイルはもうフラフラ。何とか歩いている状態でした。この間、6錠目、7錠目のタイレノールに突入しようか迷いましたが、さすがに『死ぬかも知れない』ということで止めました。果たして飲んでいればどうだったのか?

タイレノールのパッケージには『一日6錠以上飲んではいけません』と書いてあったので、それが私を思い止まらせたのですが、そもそも2時間で5錠飲んで良かったのか??結局この2マイルだけで35〜40分費やしたのが非常に痛かった。まったく気がつきませんでしたがこの間にマッキーにも抜かれてしまったようです。

それにしても、またもや4時間30分切りの夢が遠のいていく瞬間でした。しかし、25マイル地点まで歩き続けている間に、奇跡的にもじわじわと眠気も飛んで少しだけ元気になってきました。ここで、『これは5回目のマラソンだし、最後くらいは走って5時間は切らないと』と言うようなわずかながらのプライド?も手伝ってか、25マイル地点で最後の力を振り絞り再びランニング再開となりました。

それでも何度か『やっぱり歩こうかな』と思いつつも、『ここまできたらもったいない』とかいろいろとわけのわからない思考が頭を駆け巡っている間に、最後の1.2マイルは走りきってしまいました。

結果として、ゴールタイム4時間45分程度、マッキーより3分程度の遅れだったようです。LAマラソンでは過去2年ともに最後は歩くだけでしたので、最後のゴール前の直線を含めて1.2マイルを走りきれたことだけは収穫でした。それはともかく最後の直線は本当に長く感じます。26マイル地点の看板を越えて、残りゴールまでたった0.2マイルなのに、はっきり言って拷問です。

残り0.2マイルを走るだけで死ぬのに、『1マイルを26回走ればいいや』なんていうのはとんでもない過ちです。ということで、ここまで書くつもりはなかったのですが、26.2マイルの間には本当にいろいろなドラマがあるものです。

今回のテーマはやはり『タイレノール』ということになりますが、これが果たして良い作戦なのかはわかりません。効果の程はまったくの個人的な見解であり『病は気から』状態のような気もします。2〜3錠くらいならお勧めしますが、それ以上は良くないのではないかと思います。そして、栗田さんにはかないませんが、更なるつまらないドラマは続きました。

ゴール後『パーキングどこだっけ?』、、、、、、ということで20分くらい歩いたような気がします。アホらしくて詳細はカットですが、とにかく場所を覚えていれば、2〜3分の距離でした。ゴール後に20分歩くというのは本当につらい。やっとパーキングにたどり着き、マッキーが既に運転OKの状態だったので、シャツだけ着替えてすぐに出発となったわけですが、そこでまたもや大変な睡魔に襲われました。少しくらいの睡魔でしたら、運転しているマッキーにも悪いし、無理にでも起きているのですが、まったく耐え切れずにあえなく爆睡しました。気がついたらもうマッキーの家の近くでした。

これは絶対タイレノールのすばらしい効果としか思えません。とにかく、運転してくれたマッキー本当に有難う。私が運転担当だったら仲良くあの世へ行ってたかも。そして、何とか家にたどり着いたのですが、とにかく眠い。シャワーを浴びて1分後には布団に飛びこんでおりました。(午後3時頃)

そして、夕方6時まで爆睡(あっというま)しておりましたら、突然マッキーから電話があり『今日は予定通り、慰労会があるみたいだよ。みんな来てくれるみたい』との一言で起こされましたが、はっきり言ってまだまだ超眠い。瞬間的にかなり不機嫌でしたが、とにかくみんなが来てくれる慰労会に行かないわけにはいかないということで、またもやマッキーに運転させてしまいましたが、とにかく無事に慰労会に参加することができました。

個人的に眠かったことはさておき、慰労会の模様は土田さんのレポートの通りで会長、前会長の私のような子供にはわからないトークなど、非常に楽しかったです。しかし、私の写真を見てみると、『タイレノール効果』(しつこい)が残っており、やはり眠そうだ。とにもかくにも、毎年のことながら応援団の皆様のサポートのおかげを持ちまして無事にゴールにだどりつき、今でも元気に生きております。心より御礼申し上げます。

ということで、まさかこんなに読むのも疲れるほどの長さになるとは思いませんでしたがこれで終わりとします。

関根卓哉

 

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