サンフランシスコ合唱祭 …2006年6月3日(土)

写真−高木さんより

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<報告 − 土田さんより>

LAグリークラブ皆様へ、

 
6月3日(土曜日)
南北日系合唱連盟合同の演奏会は、成功裏に完了した。それにしてもいろいろなことがあって、とても楽しい旅行であった。
 
うわさによるとLAグリーの参加者で演奏のために参加したのは、横山さんと杉山さんだけで、後は皆不良中年の合コン目的であったそうな。そんなことはない。ボクは最上川舟歌を独唱するために行ったのだ。だから、打ち上げパーテイで自分が指名されなかったら、ふてくされて帰ろうかと真剣に悩んでいたのだ。だから強引にデシャバッテ歌った。私の名前は土田三郎です。世界で一番素晴らしい歌をうたいます。と案内してから歌った。
  ♪♪人の子ら〜土(田)に感謝せよ〜 人の子ら〜土(田)に感謝せよ〜 土(田)に感謝せよ〜♪♪
  (大地讃頌の歌詞の一部である) 
これはあまり評判が良くナカッタ。その後、(遠慮して)一番だけ、「最上川舟歌」を歌った。皆がお世辞で拍手してくれた。それでも気分がヨカッタ。ウン。
 
さて演奏会本番では、地元サンフランシスコの6合唱団の各演奏は、いろいろな個性が表現されて参考になるものであった。われ等の出番は、Chorale May男声合唱団14名とLA Glee16名との合同演奏では、指揮者の田中早苗ちゃん(彼女は波多江先生と同じ武蔵野音大卒で波多江先生の後輩になる。前回合ったときからお互いに親しくさせていただいているので、ちゃん付けで呼ばしていただく)の指揮を見つめることに専念できた。その集中力が、和音の響きとなった。人数による迫力も加わった。
 
後で早苗ちゃんが語ったところによると、腎臓結石の手術の後遺症で苦しんでいるとのことであったが、音楽をしているときはそれを忘れるという。「秋のピエロ」と「いざたて戦人よ」を指揮してくれた彼女の表情に苦しみはなく、笑顔のみであった。
 
そして、合計110名のメンバー南北合唱連盟合同演奏は、「まちぼうけ」「川の流れのように」「大地讃頌(だいちさんょう)」の三曲、指揮者はOpera−San Jose のTony Quartuccio氏。プロである。英語のでの指示もプロの指導らしく整然とした雰囲気である。こちらも、本番で精神を集中させて指揮者に従うことに成功。満足のいく演奏となった。「指揮者を見つめる」という小川先生からのたび重なるアドバイスを達成できたし、練習の成果を得られたと実感した。求めていた達成感である。
 
今日は、早朝集合の睡眠不足状態でバスを乗り合わせたが、バスの中での本番直前の約2時間にも及ぶ合同練習は波多江先生の愛情溢れる指導も効果的であった。だから、長旅もなんのその。約7時間の旅は苦にならない。あれ、という間に宿泊地、ラマダインへの到着であった。心配された到着の遅れもなかった。ここは運転手に感謝である。彼は影の功労者である。
 
そして舞台の最後は、北村協一先生のレクイエムとなった「雨」をChorale Mayと一緒に男声だけで合唱した。歌っている間に、何時の間にか涙が溢れて、それが口元まで流れてきたが、最後までそのままにして歌った。歌い終わって、聴衆の視線がMCに移動した瞬間に、遠慮気味に指先で拭った。そして、その余波のため、次の「ふるさと」でも同じ涙が溢れた。最近、涙腺が緩みやすくなった。
 
演奏会終了後の合同パーテイ会場では、北のグループ全員が、われら南グループを拍手で入場を歓迎する嬉しい演出があった。そして、昨年に会った人達と再会の握手を連ねた。前記の早苗ちゃんや、Ensemble Shiki とSan Franccisco Forest Choir の指揮者三浦るりこちゃん(彼女は私と同郷の山形県人で、前回初めて会ったとき庄内弁で話し合った仲である。ここもちゃん付けの非礼をお許し乞う)とも再会を果たして、お互いにハグで楽しくエールを送ることができた。それにしても、るりちゃんの指揮した「ベツレヘム」は素晴らしかったなあ。彼女の指揮する演奏は全て暗譜であったなあ。
 
余興でのヒロキのシャンソンも貫禄があった。でも波多江先生がヒロキのシャンソンに合わせて、一人でダンスフロアで踊りだしたのにはびっくりした。誰か一緒に踊ればいいのにと思っていたが、だれも出る気配がなかった。仕方がないので、自分がしゃしゃり出て一緒に踊った。これがサブローと美代ちゃんの初めてのダンスとなった。楽しいダンスだった。しかし、美代ちゃんがシャンソンの歌の中で盆踊りを始めたのには焦ってしまった。(これを見た杉山さん、雲の上のおえらい指導者の波多江先生が、われらと同じ地上に舞い戻られて、とても親しみを感じたと、帰りのバスの中で激白があった。) 
 
そして、さらに各グループの余興があったが、るりちゃんグループの合唱が異才を放っていた。また、混声合唱のためにのメドレー「ふるさとの四季」は、前記のTonyさんの指揮で歌の心が通じる楽しい合唱となった。皆と別れのハグをした後は、ホテルに戻って南グループだけで合同二次会、そして棚ちんの部屋で三次会と深夜まで続いた。
 
6月4日(日曜日)
翌日の各グループごとに自由行動とし、われら合コン組みは、アンデイの案内で、ホッペがおこっちそうになる程、とても美味しい中華料理となった。「アンデイ、案内役と説明役、どうもありがとう。お蔭様で、今日一日の英気を養うことができたよ」
 
帰りのバスでは、長旅にチョット工夫をした。皆から1ドルを徴収し、この軍資金36ドルを賞金として、最初の到着地であるウエストLAの到着時刻を予測するギャンブルである。午後1時の出発に対して午後7時台、8時台、9時台と分かれた。皆の興味が到着時刻に関心が集まり、話に花を添えた。
 
結果は、今回の演奏会で世話役を担当してくれた嶺ちんが8時22分で的中し、36ドルを一人でゲットした。賞金が最も望ましい形で当選となったのである。「嶺ちん、今回もお世話になりました。ありがとうございました。」
 
またバスの中では、強制的に全員にペアを組んで童謡を歌ってもらった。3分後には忘れる習性を持つ不良中年たちも、童謡ならば覚えている。それに、バスに乗り込む前に仕入れたビール、ワイン、ウイスキーが利いて、皆が饒舌であった。ペアで歌った曲は以下のとおり。
 
 めだかの学校、春の小川、ぞうさん、こいのぼり、背比べ、チューリップ、
 ちょうちょう、結んで開いて、大きな栗の木の下で、七つの子、からすのあかちゃん、
 赤い靴、汽車ぽっぽ、カモメ、海、赤い鳥、はとぽっぽ、春よこい
 
後はアルコールが利いて自分は天国をさまよい始めた。「栗田師匠、奥さんの車に相乗りさせていただき、どうもありがとうございました」
翌朝、未だ少し酒が残った気分でしたが、直に消えていきました。それにしても、ここには書けないことがたくさんあり、とても有意義な今回の合同演奏会でした。次回はLAで南北合同演奏会をやりたいなあ。
 
サブロー

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